錦織圭選手のデリバレートプラクティス

 

今日のテーマは 『錦織圭選手のデリバレートプラクティス』 です。

錦織選手が若い頃にどのような環境で練習していたのか?について紹介したいと思います。

 

まずは、錦織選手のプロフィールです。

1989年12月29日、島根県松江市生まれの29歳。

身長178cm、体重75kg。

現居住地アメリカ・フロリダ州・タンパ。

世界ランキング自己最高位は、アジア人男子歴代最高の4位。

アジア人男子史上初のグランドスラムファイナリスト(2014年全米オープン)

アジア人男子史上初のATPツアーファイナルズ出場者。

2016年リオ五輪・銅メダリスト(テニス競技96年ぶりのメダル獲得)。

 

錦織選手は5歳でテニスを始め、小学5年生の時に全国大会でベスト8入りして頭角を現すと、6年生の時には主要大会をすべて優勝し、全国大会3冠を達成。

その後、「盛田正明テニス・ファンド」の特待生に選抜され、2003年8月に渡米、フロリダ州に本部を置くプロ選手養成学校である「IMGアカデミー」に入学し、プロテニスプレーヤーを目指すことになります。

もちろんここまでも、日本テニス界の将来を担う存在として、良い環境で良い練習をしてきていたのは間違いないと思いますが、この「IMGアカデミー」は ❝より精度の高いデリバレートプラクティス❞ を可能にする最高の環境でした。

 

この「IMGアカデミー」は、1.8平方キロメートル(東京ドーム43.5個分)もの広大な敷地内に、様々なスポーツのフィールドがあり、テニスコートは50面以上、トレーニングジムや宿泊施設も建ち並んでいます。

また、指導者陣も充実しており、コーチやフィットネストレーナーをはじめ、医師や栄養士、セラピストなども常時滞在。

各分野のスペシャリスト達が24時間体制で選手の心技体をサポートするという、文句のつけようがない素晴らしいアスリート養成所です。

 

そしてこの最高の環境で、錦織選手は日々テニスに打ち込みます。

錦織選手を含むアカデミーの生徒達の生活は次のようなものでした。

8時半~11時 ストローク・ボレー・サーブ・フットワークなどの基礎練習

13時~15時 学校

15時半~18時 ゲーム形式などの応用練習

これがアカデミーの全体練習なのですが、日本人の生徒達は、早朝や夜にも日本人コーチの特別レッスンを受けていました。

週末は基本的に休みですが、アカデミーの外に出るには保護者の外出許可が必要だったので、ほとんど外に遊びに行くことはありませんでした。

また、アカデミーで過ごすのは年間の約半分で、後の約半分は国内外の試合に出場するため、遠征に出ていました。

このように、アカデミーでは、たくさんのスタッフが目を光らせるなかで厳しい練習を積み、そして、試合に出場するために世界を転戦する、という生活を送っていました。

IMGアカデミーは、デリバレートプラクティスを維持するために必要な要素が揃っていたました。錦織選手はこの最高の環境の中で、高いモチベーションを持って、デリバレートプラクティスを積み重ねたのです。

 

錦織選手は、小学校の卒業論文で書いた ❝世界チャンピオン❞ の夢を、いつも追いかけていたそうです。

錦織選手と一緒にIMGに入学した日本人選手は、「日本人は世界ランク50位くらいが限界だと思っていた。」と後に語っていますが、当時の記録が松岡修造氏の46位だったので、ある意味現実的な見方とも言えます。

しかし、錦織選手はその頃の気持ちを、「純粋に1位になりたいと思っていた。」と語っています。

「日本人だからとか考えず、本当に一直線だった。いらないことは考えなかった。1位を目指すことに対して、少しも不思議に感じなかった。」

と語る錦織選手に、「なぜ、そこまで純粋に自分を信じられたのか?」と質問すると、

「僕は多分、良い意味でバカだったんだと思う。現実的には世界1位が見えているわけでは全くなかった。」

「先をそんなに見ていなかった。遠い先ではなく、少し先にあるゴールをクリアしようとしていた。」

と応えました。

 

実は、このIMGへの留学には厳しい制度があり、それは「選手それぞれのレベルに合った課題が設定され、その課題を達成できなければ、その年限りでテニス留学が打ち切られてしまう」というものだったので、結果を出さなければならないプレッシャーもありました。(プロになるまで留学を維持できたのは、過去20人程挑戦した中で、錦織選手がクリア第1号。その後、西岡良仁選手と中川直樹選手がクリアした。)

そんな中、錦織少年が高いモチベーションを維持することができたのは、「世界1位なんて無理だろう」というメンタルブロックを作ることなく、「課題をクリアできなかったらどうしよう」と先行きを不安に思うことなく、「目の前のやるべきこと・できることに集中して取り組む」という姿勢、考え方を持っていたからでしょう。

❝超一流❞ になるためのマインドセットをこの時既に持っていたのです。

 

「今は全く見えない遠い場所であったとしても、日々少しづつ着実に先に進んで行くことで、いずれその遠い場所に辿り着くことができる…。」

これこそ正に、デリバレートプラクティスに求められる姿勢・考え方であると言えると思います。

 

最後に、錦織選手の小学校の卒業文集を紹介します。

 

<ぼくの夢> 錦織圭

この六年間で一番思い出に残ったことはテニスで日本一になったことです。練習で一所懸命やった結果が出たと思います。

全国選抜や全国小学生大会、全日本ジュニアの三つの試合で優勝しました。

一試合一試合を「絶対勝つぞ」と思ってやりました。そして「優勝」までいけた時は、すごくうれしかったです。

ぼくはテニスのラリーが長く激しく続くところが好きです。いろいろなコースに打ち分け、深く打ったり短く打ったりします。チャンスボールがきた時、強いボールを打つのが好きです。決まった時はすごく気持ちがいいです。このショットがいつも打てるように練習していきたいです。

試合に出ることで友達が増えました。友達が増えたおかげでいろいろな話をしたりいっしょに練習できたりできます。それもテニスが好きな一つです。

これからは誰にも負けないように、苦しい練習も絶対にあきらめずに全力でとりくんでいこうと思います。

夢は世界チャンピオンになることです。夢に向かって一歩一歩がんばっていきます。

 

 

 

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